製造業のマーケティングは、データドリブンより“営業の気持ち”ドリブン【垣内勇威氏×小川貴史氏 対談前編】

製造業のマーケティングは、データドリブンより“営業の気持ち”ドリブン【垣内勇威氏×小川貴史氏 対談前編】

前編では、日本の基幹産業である製造業のマーケティングについて。巨大なBtoB市場を内包しているにもかかわらず、業界に適したマーケティングの方法論があまり知られていません。数多くの製造業を支援する【株式会社WACUL 代表取締役 垣内勇威氏】と営業とマーケティングの組織文化を知る【株式会社秤 代表取締役社長 小川貴史氏】に、製造業が抱える課題と解決法などについて、語りあってもらいました。


【後編はこちら】各施策の効果を検証し、BtoBマーケティングを科学せよ

製造業にはそもそもマーケティングの概念がない!?

司会:
製造業におけるマーケティングの課題を教えてください。


垣内:
そもそもマーケティング自体を行っていない会社が多いことだと思っています。ルート営業などの担当者レベルでは最小単位のマーケティングを勝手にやっていますが、組織的に取り組んでいないんです。

ただ、コロナ禍やDXの時流などで、デジタル化を含むマーケティングの必要性は増しています。それで大手企業は組織的に取り組んでいるんですが、うまくいっていません。それは間違った型をあてはめているからです。

世の中に流布しているBtoB企業の成功モデルは、ソフトウェア系のIT企業を想定したものがほとんどです。その象徴がマーケティングから営業までを分業体制で行うモデルです。ハードウェア系の製造業は構造も課題も違うので、同じ型はハマらないんです。

また、製造業に合う型でどのようにマーケティングをしていくかを伝えていく人がいないことも課題のひとつだと思っています。

小川:
なんとなくわかります。


垣内:
ソフトウェア系の企業なら、お手本になるんですよ。広告を打って、ホワイトペーパーをまいて、顧客リストを集めて、インサイドセールスから営業に送客する。でも、それを製造業でやったら、営業に嫌われるんです。「余計なことすんな。オレは自分のお客さんを回って、売上が立っているんだから」って。


小川:
なるほど(笑)。そこまでのガチな製造業と向き合った経験はありませんね。


垣内:
あとはデジタルの施策も違います。SaaS企業の場合、LP1枚で問い合わせを取って、新規商談につなげれば良いでしょう。

でも部品メーカーなどは製品数が多いので、ECサイトのような構造になります。だったら、既存顧客が閲覧したページを検知してアプローチをかけた方が良いし、SEOも重要になる。そういった業界特性の違いをふまえずに、マーケティングの型や定石だけを模倣すると失敗します。


小川:
昔は僕もアナログな営業をしてきたので、現場の気持ちはわかりますね。飲み会で仕事を取る時代を生きてきましたから(笑)。


垣内:
今も製造業はそうですよ。「オレの顧客は手帳に入ってる」なんです。


小川:
同僚もライバルなので、大事な情報は出しませんよね。


垣内:
ええ。職人集団のようになっているので、根本的にマーケティングの思想と合わないんです。「リストを共有してメール送るなんて、もってのほか」って感覚の方も多いんですよ。


小川:
営業のDX化には、会社の覚悟が必要でしょう。私がデジタルマーケティング会社で営業をしていたときは、SFAの入力が必須でした。そうなると、面倒でも顧客や商談などの情報を入力します。


垣内:
営業をデジタル化できている企業はそうですよね。


小川:
ただ流行に乗るだけじゃダメですよね。経営側に現場視点がないまま流行りの施策をしてもうまくいきません。


垣内:
そうですね。経営者が「SFAを使うのがかっこ良い」と思って導入するベンチャー企業は良い方ですよ。トップダウンで推進できますから。

でも製造業は営業が強い世界なので、「マーケティング」という名称すら与えられません。営業部内に「営業支援」「営業企画」といったチームが設けられ、その担当者がSFAやMAツールを導入します。結局、現場の営業には全然使われない。もし社長が号令をかけても、トップ営業が抵抗するでしょうね。

インサイドセールスを設置して、営業とマーケティングを接合

司会:
どうすれば、そういった製造業の課題を解決できますか?


垣内:
本来は全社的な調整が必要ですが、営業部門が突破口になります。具体的には、マーケティング担当が営業担当とコミュニケーションをとって、リード獲得から新規商談までの営業プロセスをすり合わせます。それをせずに見込み顧客のリストを営業に渡しても「忙しいんだよ」と断られますから。本当は忙しくないんですけどね(笑)。

だから、営業にヒアリングして、求める顧客像を明確化します。すぐ決まるお客さんは営業にとっても嬉しいはずなんで、それを取ってくると約束するんです。そして、マーケチーム内にインサイドセールス機能を設けて、集めたリードの中から、確度の高い見込み顧客を選ぶことが大事だと思います。


小川:
コミュニケーションは大事ですよね。お話を聞いて、あるBtoB企業のカスタマージャーニーを整理した経験を思い出しました。

僕がファシリテーターとして、その企業の営業・インサイドセールス・マーケティングのメンバー計20名くらいとワークショップを行ったんですよ。その後に成果が出た主因は、ジャーニーマップが秀逸だったからじゃなくて、はじめて全メンバーが集まって、本気の議論を交わしたからでした。

垣内:
結局、営業との接合がすべてなんですよ。マーケティング自体は手法論なので、難しくありません。メール送付、LP作成、MAツールによるシグナル検知など、すべて実践すれば良いだけです。


小川:
どのように定着させますか?


垣内:
クィックウィンですね。つまり、早期にデジタル経由で受注して成果を示すことです。MAツールを使いこなそうなんて、壮大な夢を見ちゃいけません。


小川:
ホント、そうですよね(笑)。


垣内:
1件取るのは簡単です。歴史のある製造業だったら、1万件くらいの名刺リストを持っています。その全件にメールを送れば、最低1件は熱い問い合わせが来て、受注につながるでしょう。そうやってマーケティングで売った実績ができれば、営業メンバーも前向きになります。


小川:
たしかに。営業って、実績を上げている人の話は聞くんですよ。だから、優秀な営業をインサイドセールスに入れるべきです。僕がプロジェクトチームを組む際も必ずそうしていました。


垣内:
そうですね。リードを選別して営業に割り振るのは、司令塔のような役割です。しかも、商談が決まる寸前まで温めてから渡さないと、営業が受け取ってくれません。だから、本来はエースの仕事なんです。外注するなんて大間違いですよ。

組織を変革するのは、社長ではなく若手管理職

小川:
製造業は問題の根が深いぶん、伸びしろも大きいでしょうね。御社の支援事例において、よくある成功パターンはありますか?


垣内:
危機感と熱量のある30代ぐらいの課長がプロジェクトを立ち上げると、組織が変わります。社長が旗を振っても、あまり変わりません。現場の力でクイックウィンを重ねる、それが成功の鍵だと思います。


小川:
リアルですね。思い当たる節があります。


垣内:
そういうプロジェクトリーダーが売上を積み重ねると、社内で評価されて営業部の協力者も増えていきます。あとはマーケティング施策を雪だるま式に増やせば良いんです。社内を巻きこみながら、海外へ横展開を狙うのも良いですね。


小川:
アナログ営業を変えるためには、制度設計も大切な気がします。優秀な人材を確保するには、成果に応じた給与システムが必要ですよね? そこにデジタル営業に対する貢献度を組みこめば、現場の営業も動くはずです。


垣内:
それも大事ですよね。営業が強いと言われている会社なんかはデジタル営業の取り組みを人事評価に連動させています。とはいえ、新しい仕組みを入れるのは大変です。これまでの方法で成果を上げている人たちの反発を招かないように「ゆっくり入れる」という観点も大切ですね。

たとえば、重点顧客を担当するトップ営業には好きにやらせて、それ以外の営業メンバーに顧客リストを共有してもらう。顧客の優先度や営業の人材リソースによって、デジタルの適切な使い方は変わります。


司会:
最後に、マーケティング部署を立ち上げようとしている担当者へアドバイスをお願いします。


垣内:
なによりも人材のアサインが重要です。具体的には、各事業部の営業メンバーを兼務させてください。各事業部にパイプのある人がいないと、絶対にうまくいきません。

あとは急ぎ過ぎないのが肝要ですね。営業に余計な仕事を増やさず、目標達成に貢献するおいしい話を用意すること。いわば、データドリブンではなく、‟営業の気持ち”ドリブン。どんなに面倒でも腹を決めて、営業とコミュニケーションを重ねて、うまく歯車が回り出せば、できることはいくらでも見つかります。

まずは海外の綺麗な事例を急いでハメようとせずに、目の前の課題に目を向けることですかね。


小川:
僕はマーケティングアナリストを名乗っていますが、実は営業の経験も豊富なんです。その観点から言えるのは、営業の‟におい”とメンタリティーを理解した方が良いということ。彼らは現場を知らないヤツの指示は聞かないし、成果に応じたインセンティブを求めています。優秀な営業は「肉食の賞金稼ぎ」なので、それをふまえた組織や制度をつくるべきです。

営業に限らず、優秀な人は濃いんですよ。だって、垣内さんも私も濃いですよね(笑)? マーケティングの手法論に陥る前に、そういう人たちの特性を理解して、現場を踏まえた制度設計をすることが重要だと思います。

【後編】各施策の効果を検証し、BtoBマーケティングを科学せよ

日本の基幹産業である製造業のマーケティングについてお話いただいた対談前編。後編でフォーカスするのは、マーケティング・ミックス・モデリング(以下、MMM)について、デジタルマーケティングの第一人者である【株式会社WACUL 代表取締役 垣内勇威氏】と、マーケティングアナリストとして活躍する【株式会社秤 代表取締役社長 小川貴史氏】にお話いただきました。

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株式会社WACUL
代表取締役

垣内勇威

東京大学卒。株式会社ビービットから、2013年に株式会社WACUL入社。改善施策の提案から施策効果の検証までデジタルマーケティングのPDCAをサポートする自動分析・改善提案ツール「AIアナリスト」を立ち上げ。2019年に産学連携型の研究所「WACUL Technology & Marketing Lab.」を創設し、所長に就任。現在、 研究所所長および代表取締役として、事業のコアであるナレッジ創出を牽引。新規事業や新機能の企画・開発および大企業とのPoCなど長期目線での事業推進の責任者を務める。2022年5月、代表取締役に就任。
Twitter: @yuikakiuchi

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株式会社秤
代表取締役社長

小川貴史

広告会社数社と電通グループでマスとデジタルの最適化をテーマにした分析と改善に注力。デジタルマーケティング支援会社とPR会社でコンサルティング経験を積み、2019年12月に法人設立。投資最適化や需要の構造把握など定量分析のノウハウを活かし、業務委託でマーケティングアナリストやアドバイザーなど複数の役割で活動。ミッションは戦略意思決定のための「」をマーケティング組織にインストールすること。著書「Excelでできるデータドリブン・マーケティング」企業イベントでの講演多数。ストアカで開催していたマーケティング分析講義は2020年5月から2年間で1,500名(個人向け700人企業向け800人)。
Twitter:@dancehakase

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