各施策の効果を検証し、BtoBマーケティングを科学せよ【垣内勇威氏×小川貴史氏 対談後編】
後編でフォーカスするのは、マーケティング・ミックス・モデリング(以下、MMM)。同時期に実施する複数のマーケティング施策の影響を推定し、予算配分を最適化する科学的な手法です。BtoCの大企業だけでなく、BtoBの中小企業にも活用メリットは大きいのでしょうか? 同分野のエキスパートである【株式会社秤 代表取締役社長 小川貴史氏】に対して、【株式会社WACUL 代表取締役 垣内勇威氏】が鋭くせまります。
【前編はこちら】製造業のマーケティングは、データドリブンより“営業の気持ち”ドリブン
複数のマーケ投資を全体最適化するフラットな分析法
司会:
では、さっそくですがMMMの概要とメリットを教えてください。
小川:
端的にいえば、主に時系列データの解析により、マーケターが確かな意思決定を行うための技術です。たとえば、テレビCMとネット広告に1億円ずつ投資した場合、それぞれの施策がどれだけ売上アップに貢献したのかを数理モデルで推計します。各施策の影響を定量的に予測できるため、マーケティングコミュニケーション予算全体の配分を最適化することも可能です。
僕は2013年からMMMに取り組んでいますが、当時は高価な分析ソフトが必要でした。現在は高機能の分析ツールが無料で公開されていて、中小・中堅企業も取り組める環境が整いつつあります。
垣内:
MMMの仕組みはわかるんですが、ひとつ気になる点があります。マス広告の価値を証明するのって、広告代理店が昔からやりたかったことですよね。ぶっちゃけ、代理店側にバイアスをかけたモデルじゃないんですか?
小川:
なるほど(笑)。私が大手広告代理店グループに在籍していた頃は、クライアントの年間予算が億単位のネット広告を運用していました。だから、マス広告の効果を過大に見せる動機はありませんでした。
垣内:
マジでやっているんですね(笑)。
小川:
当時の社内には、保守派もいましたよ。「パンドラの箱みたいな分析をやっているらしいね? 大口顧客には出さないでほしい」なんて頼まれたことはあります。でも、当時の私のまわりは改革派ばかり。フラットでまっとうな分析手法の浸透を上長も後押ししてくれました。
垣内:
恣意性がないのは非常に良いですね。フタを開ければ、各施策の貢献度を把握できますから。
小川:
私が「秤」って社名に決めたのは、恣意的な分析はやらないという想いからなんですよね。広告会社にいた時期も、真実を追求しない保守派と戦ってきました。ただし、他社の内実まではわかりません。
垣内:
マス広告の代表はテレビCMですが、目的によって効果は全然違いますよね? たとえば、新作ゲームのCMは完全新規に向けた認知なので、効果は高いでしょう。
小川:
成果地点が低いものほど、効きやすい傾向にあります。
垣内:
でも洗剤の「アタック」とか、認知度の高い定番商品もテレビCMを打ち続けています。あれって、どれくらい意味があるんですか?
小川:
そこに疑問を抱くのはわかります。かつて私も同じ考えでした。でも「顧客理解MMM」という分析手法を編み出してから、考えが変わったんです。
この手法はテレビCMやネット広告だけじゃなく、PRやSNSの効果も横並びで評価できます。今、マーケターにSNSの効果が注目されていますが、私の知る限り、テレビCMに匹敵するくらいSNSが売上に貢献しているのは東京ディズニーランドやUSJなどの人気の大型テーマパークくらいです。おそらく、テレビCMはザイオンス効果*が働いているんでしょうね。だから、定番商品のテレビCMにも意味があるんですよ。
*ザイオンス効果(単純接触効果):同じ人や物に接する回数が増えるほど、その対象に対して好印象を持つようになる心理的効果のこと
マス広告を打たなくても、認知や純粋想起は高められる
垣内:
おもしろいですね。その分析手法はBtoB企業でも使えるんですか?
小川:
MMMや顧客理解MMMはBtoB企業でも使えますよ。よく誤解されるんですが、MMMはテレビCMを打つような大企業だけの技術じゃありません。
MMMは時系列データの解析が基本なので、理論上は創業したてのベンチャーでも活用できます。メルマガやネット広告など、各施策の時系列データと販売数を集計して分析し、有効な数理モデルが作れれば良いんです。季節性やコロナなどの外的要因も盛りこむことで、かなりの精度で施策の効果を予測できます。
垣内:
BtoB企業の場合、マス広告の費用対効果は低いですよね。タクシー広告も含めて、あまりよくないお客さんが来ると聞きます。
小川:
そうなんですか?
垣内:
狙い方にもよるんでしょうけど。人材採用の効果と併せて、元が取れる場合はあるようです。そもそも、ザイオンス効果はテレビCMじゃなくても発揮できますよね?
小川:
そうですね。BtoBやBtoCの高価格帯商品やサービスなど、購買層が限られる場合、YouTube広告などでターゲットをしぼって、ザイオンス効果を狙えば良いでしょう。
垣内:
それが昔はルート営業だったんだし、メールでも良いですよね。メールのタイトルに社名を入れるだけで、その会社の認知が上がりますから。マス広告の目的と機能を分解すれば、デジタルの施策で代替できそうです。
小川:
BtoBの業種やサービスによっては、テレビCMが有効な場合もあります。問題は効果をまったく検証せずに垂れ流すことですよ。
垣内:
そうですよね。前編のテーマにつなげると、BtoBの製造業は純粋想起が重要です。エンジニアは各部品の主要メーカーを知っているので、その中から発注先を選びます。つまり、あらかじめ脳内の候補に入っていないと選ばれません。メールが送れない海外市場などを新規開拓する場合、テレビCMは有効でしょう。
小川:
ラクスルグループのノバセル社は「指名検索」を指標にして、テレビCMの効果を可視化しています。競合他社も含めて、特定のCMがどれだけ視聴者の検索アクションにつながったかをファクトベースで評価できる仕組みを提供しています。。MMMではありませんが、マーケティングの効果を科学的に検証する点は共通してますね。
垣内:
それは知りたいですねぇ。CM内の効いている要素がわかれば、壮大なコストカットができますよ。出演タレント、映像、音楽、商品名の連呼・・・・・・。効果的な要素を抽出すれば、テレビCM以外の手法でも同じ効果を出せますから。
小川:
指名検索やWebサイトのアクセスなどは、MMMでも簡単に定量分析できます。でも大半のBtoB企業が取り組んでいないんですよね。ましてや、アナログな製造業はなかなかやらないと思います。
垣内:
製造業も社名そのままで指名検索します。MAツールを導入する際も、知っている商品から選ぶでしょう? だから事前の接触が大事なんですが、費用対効果が見えないので取り組まない。本来はBtoB企業こそ、真剣に向き合うべきです。
小川:
そうですよね。
MMMで量をはかり、アンケートで質を見極める
司会:
BtoB企業がMMMを活用する意義はありますか?
小川:
どの企業も指名検索の流入データなどは取れるので、「べき論」としては活用すべきです。垣内さんのおっしゃるように、BtoBの領域こそ純粋想起が重要なので、MMMの意義は大きいでしょう。
あとは費用対効果の問題です。たとえば、広告・販促・イベントなどマーケティングコミュニケーション予算の総計が5,000万円と仮定します。MMMを使って2%改善したら、100万円分が浮きますよね? でも分析費用に100万円かかると、損得ゼロになります。MMMで数%は改善できるケースが多いので、そのへんが活用の目安ですね。
垣内:
予算の少ない企業は、顧客にアンケートを取れば良いんですよ。Googleフォームを使って、自社を認知したチャネルはどれかって。LTVやNPSとクロス集計すれば、広告やマーケ施策の効果がザックリわかります。
小川:
それも大事です。MMMは量の解析なので、「誰に何が刺さった」という個別の質はわかりません。だから、両方やるのが理想ですね。
垣内:
たいした施策を打ってなければ、分析に意味はありません。実際、BtoBの領域は認知や純粋想起が不可欠なのに、ちょろちょろとリスティング広告を打つだけのような企業が少なくない。マス広告の是非も含めて、目的に応じた施策を打ってからの話です。
小川:
PDCAサイクルを回すための大前提ですね。
垣内:
その次の段階として、MMMやアンケートによる評価があります。この議論自体に興味を持てないマーケターがいるとしたら、何も考えてない証拠ですよ。
小川:
宣伝するつもりはありませんが、当社は本気で学びたいクライアントにMMMをはじめとしたマーケティングを科学するノウハウを共有しています。別にMMMじゃなくても良いんですよ。分析のアプローチ自体はいくらでもあるので、BtoBマーケティングも科学してほしいですね。
【前編】製造業のマーケティングは、データドリブンより“営業の気持ち”ドリブン
今回はデジタルマーケティングの第一人者である【株式会社WACUL 代表取締役 垣内勇威氏】と、マーケティングアナリストとして活躍する【株式会社秤 代表取締役社長 小川貴史氏】の対談を企画しました。前後編でテーマを変え、両氏それぞれが精通するトピックについてお話しいただきました。
株式会社WACUL
代表取締役
垣内勇威
東京大学卒。株式会社ビービットから、2013年に株式会社WACUL入社。改善施策の提案から施策効果の検証までデジタルマーケティングのPDCAをサポートする自動分析・改善提案ツール「AIアナリスト」を立ち上げ。2019年に産学連携型の研究所「WACUL Technology & Marketing Lab.」を創設し、所長に就任。現在、 研究所所長および代表取締役として、事業のコアであるナレッジ創出を牽引。新規事業や新機能の企画・開発および大企業とのPoCなど長期目線での事業推進の責任者を務める。2022年5月、代表取締役に就任。
Twitter: @yuikakiuchi
株式会社秤
代表取締役社長
小川貴史
広告会社数社と電通グループでマスとデジタルの最適化をテーマにした分析と改善に注力。デジタルマーケティング支援会社とPR会社でコンサルティング経験を積み、2019年12月に法人設立。投資最適化や需要の構造把握など定量分析のノウハウを活かし、業務委託でマーケティングアナリストやアドバイザーなど複数の役割で活動。ミッションは戦略意思決定のための「秤」をマーケティング組織にインストールすること。著書「Excelでできるデータドリブン・マーケティング」企業イベントでの講演多数。ストアカで開催していたマーケティング分析講義は2020年5月から2年間で1,500名(個人向け700人企業向け800人)。
Twitter:@dancehakase