各組織フェーズ×商材に合わせたマーケティング戦略と現場の巻き込み方【田部正樹氏×松本健太郎氏 対談前編】
BtoBベンチャーにおいて、それぞれの成長フェーズに合わせた最適なマーケティング戦略と、その構築のために必要な視座やポイントとは何でしょうか。
BtoBプラットフォームを展開する「ラクスル」にて、事業責任者とマーケティング責任者として事業拡大を担った【ラクスル株式会社 取締役CMO 兼 ノバセル株式会社 代表取締役社長 田部正樹氏】と、ロックオン社(現イルグルム社)で広告効果測定ツール「アドエビス(AD EBiS)」の開発に携わった【定性寄りデータサイエンティスト+マーケター 松本健太郎氏】のおふたりに対談を依頼。BtoBベンチャーがグロースしていく過程での戦略や組織の変遷を知るおふたりに、具体的な経験事例をもとに、最適なマーケティング戦略とその意思決定の仕方、組織の巻き込み方などをお話しいただきました。
【後編はこちら】成長フェーズに合わせた最適なマーケティングと、戦略設計で抑えるべきポイントとは
Webとオフラインを一気通貫で捉えた戦略で認知を拡大したミニマム期
司会:
ラクスル社およびロックオン社(現イルグルム社)の成長フェーズに合わせて実施したマーケティングの施策などを教えてください。
田部:
僕はラクスルに2014年に入社しましたが、当時は売上も1ケタ億円の前半で、正社員も20人いるかいないかでした。印刷会社なのであらゆる印刷物の取り扱いがある中、まずは「500円名刺」を打ち出しました。特にお金をかけずに、インパクトのあるキャッチフレーズと商品の価格で勝負しましたね。
そのとき考えていたのは、われわれのようなスタートアップは、早く成長軌道に乗せなければ、大手に真似されてつぶされてしまうということ。そこで行った認知の手法が、テレビCMでした。「チラシならラクスル」のフレーズの徹底訴求で、○○といえば○○という“純粋想起”を重視しようと考えたんです。
松本:
2014年や15年って、スマホが世の中に浸透してきて、ネット広告が少しずつ主流になっていくような空気感があったように思います。BtoBでテレビCMという提案に、「え?そっちなの?」という声は社内から出ませんでしたか?
田部:
僕たちが当時必要としていたのは、”飛躍的な認知拡大”でした。それを獲ろうとしたときに、Webマーケではどうしても難しくて。テレビなら、関東に4,000万人がいて視聴率が10%獲れるなら、一気に400万人にリーチできるんですよ。ただし外したときのリスクは当然大きいわけで、最初は地方限定でテストしました。地道にテレビとネットで検証を重ねて、関東でも放送を開始できましたね。
松本:
Webがメインのマーケターだと、CVRを高めようとか、CPAを下げるためにどうしようかという発想になる場合が多いですよね。それを、もっとも上流の「認知」を重視して、Webとオフラインを一気通貫で捉えていたのはすごいなと思います。
田部:
その意味では、僕はもともと、マーケティングの中でプロモーションをやっていた時期が短くて、新卒入社後の3年間くらいなんですよ。すぐに事業責任者になったので、あくまでも事業成長するための手段としてプロモーションを捉えていたのが良かったのかもしれません。1億をCMに使うのが良いのか、営業を20人雇うのか、Webマーケが相応しいのかをフラットに考えられる思考がありましたから…。成長をするためには一定量博打をしないといけなくて、その成功率を上げるために常に“プランB”を持っておくことを意識していました。
ロックオンはどうでしたか?
松本:
ミニマム期での成長要因としては、僕たちの場合は外的要素が大きかったですね。DSPやSSPができて、アドネットワークやアドエクスチェンジの形態が整い、アトリビューションなどの言葉が浸透していくにつれて、広告効果測定のツールが求められるのは必然でした。世の中の上昇トレンドに乗りつつ、マーケターの頭の中で、「効果測定ならアドエビス」という認知が取れていったことが大きかったんですよね。
田部:
なるほど。Webマーケティングはもちろん、広告業界の本質って効果測定じゃないですか。その本質をちゃんと捉えていたからこそ、時代とともに伸びてきたのかな、という気はしますよ。
松本:
2008年のリーマンショックのあと、企業の広告費がばんばん削られていくなか、ネット広告は「効果が測れる」という理由で、逆に需要が伸びましたから。広告業界の本質は効果測定であるという理解の拡大が、アドエビスの訴求力を高めることになったのでしょうね。
追うべきKGIを明確にし、フェーズに応じたKPIを見極める
司会:
成長期において進めるマーケティングの留意ポイントとしては、どのようなものがありましたか?
田部:
マーケティングは細分化される仕事ではなく、「事業を伸ばすためのHowを自らチョイスして行っていくものである」という認識を持つこと。つまり、細かい問題もつねに全体最適に位置付けることです。マーケティングのメンバーの観点でいうと、5名程度の少数精鋭で実行するのが良かった気がしています。同じメンバーがCMもWebも見て、アトリビューションを正確に把握しつつ、中身を部分最適でなく全体最適に結びつけることができました。
だから、リードが何件獲れたかよりも、売上と利益が上がって成長することが目指すゴールであって、どれだけCVが良くても事業が伸びていないんだったら何にもならないという考え方ですね。会社全体として良くなるためにどうすべきなのか、事業の成長ありきでマーケティングを考えるというミッションを発信していきました。
松本:
営業成果の数字がなかなか伸びていかないときに、リードはこれだけ取れてるのに…とか、マーケの現場は良いのに他の部署は…といった、“不協和音”の声はありませんでしたか?
田部:
うちはありませんでしたが、確かに営業からすると「役に立たないリードをよこしやがって」…というのはよくある話ですね。細分化し過ぎて、個別KPIばかりを最適化すると、不協和音って起こりやすいのかなって思います。
ラクスルの場合、初期はテレビCMでガツンと伸びたんですけど、リピート率がなかなか上がらない時期があったんです。CPAは良好でROASも良いけど、LTVは低いので全体としては最悪という。そこで、ただリード数だけを追うのではなく全体最適を意識して、質を重視していくことにしました。そうしたことで営業からの信頼も得られるようになります。やはり全体から分解した施策にしていくことが重要なんですよ。
松本:
僕も経営企画部に在籍していたときに、KPIはすべて達成しているのに、売上のKGIが未達成という問題が発生しました。
田部:
それは衝撃的ですね。目標設定こそ命で、フェーズごとに目標の意味合いは変わってくると思います。初期のタイミングだと、僕らはとにかく新規のユーザーを獲得しないといけなかったから、LTVはどうあれ新規獲得の目標で終わっていたんです。極端に言えば、KPIを達成すればすべてが伸びる、だからそれ以外は無視して良いというものです。でも、それでは事業が積み上がっていかないから、リードの数ではなく、リピート率を重視する質の追求にフォーカスしたわけですね。
ですから、フェーズに応じたKPIを見極めて、会社として追うべきKGIを明確にした上で、KPI設定を考えることが重要だと思います。つまり、KPIは達成されているのにKGIは達成されていない状況は、相関関係がないから起こり得るんです。そう考えると話はシンプルで、会社の全体利益と相関しないKPIを追ってしまっている結果だと言えますね。
松本:
全体最適を示した指標こそ追うべきもので、それが北極星みたいに不動だったらきっと社員も分かりやすいですね。その意味では、ラクスルさんやノバセルさんの中では、追うべき指標と違う結果になっていたときに、どんな形でアラートが出るんですか?
田部:
BtoBの場合だと、「受注」ですね。売上だと3~4ヶ月遅れますが、受注は初速感があるからアラートとして見るのに都合が良いんです。受注に陰りが見えると、基本的に何かが間違っていると判断すべきだと思います。
次のターゲットに必要な価値をすぐに提供できるスイッチを作っておく
松本:
先ほど少数精鋭の話がありましたが、フェーズが上がるごとにメンバーの数も増やしていったのですか?
田部:
マーケティングは人の数ではなく、大事なのは戦略なんですね。むしろ人数が多くなればなるほど、複数の戦略がバラバラに走っていくリスクが生じがちです。そして、1年経ってもうまくいかないケースのほとんどは、顧客のターゲットを間違えていたり、定まっていないのが原因ですね。
松本:
めっちゃ分かります。BtoCだとある程度すぐに結果が出ますけど、BtoBの場合は、7ヶ月や10ヶ月が経過したときに、あれ?これって顧客が全然違うのでは!? と慌てて軌道修正することもありますよね。そんな虚しい結果にならないためにも、どうターゲティングの精度を高めているんですか?
田部:
まずは自分たちの商品の強みがストレートに刺さるのが大事です。一番狙うべき顧客に対して、商品の良さが伝わり購入につながればば短期としてはOKです。でもこれだけではすぐに枯渇するし、1年後に売上が伸びないのは、成果が積み上げられていないからなんですね。
つまり、次にほしい顧客像の仮説を自分たちで立て、求められるものを押し込んでいくことが大事ですね。一方がダメになったときに、次のターゲットに必要な価値をすぐに提供できるスイッチを作っておくことです。5~6個をつねに走らせておいて、たとえ2個を外しても、3個当たっていれば大丈夫という状況をつくる。リスクヘッジのために複数のストーリーを走らせておくのが重要だと思います。
松本:
まさに、売上が拡大していくフェーズというわけですね。
田部:
おっしゃる通りで、施策のPDCAを回し続けることはつねにやっています。たとえば、今誰がお客様で、そこに向けて何を販売していますか?これは多くの会社が答えられるけれど、次は何が見えていますか? を答えられる人はけっこう少ないんです。今は良くても、次の戦略が描けなければ、1年後や2年後は必ず厳しくなる。逆に成長し続ける会社は、それがきちんと把握できていることをぜひ知ってほしいですね。
【後編】成長フェーズに合わせた最適なマーケティングと、戦略設計で抑えるべきポイントとは
BtoBベンチャーがグロースしていく中で必要な、マーケティング戦略の視点についてお話しいただいた前編。後編では、成長フェーズの過程で得られた「戦略設計のポイント」について、【ラクスル株式会社 取締役CMO 兼 ノバセル株式会社 代表取締役社長 田部正樹氏】と、【定性寄りデータサイエンティスト+マーケター 松本健太郎氏】に対談いただきました。
ラクスル株式会社取締役 CMO 兼 ノバセル株式会社 代表取締役社長
田部 正樹
中央大学卒業後、丸井グループに入社。主に広報・宣伝活動などに従事。2007年テイクアンドギヴ・ニーズ入社。営業企画、事業戦略、マーケティングを担当し、事業戦略室長、マーケティング部長などを歴任。2014年8月にラクスルに入社。マーケティング部長を経て、2016年10月から現職に就任。ラクスルの成長を約50億かけて事業成長を実現してきたマーケティングノウハウを詰め込んだ新規事業「ノバセル」を2018年に立ち上げ急成長を牽引。2021年12月ノバセル株式会社の代表取締役社長に就任。
Twitter:@tabemasaki1
定性寄りデータサイエンティスト+マーケター
松本健太郎
龍谷大学法学部卒業後、デジタルマーケティングの現場でデータサイエンスの重要性を痛感し、多摩大学大学院で学び直し。その後、消費者インサイト等の業務に携わり、現在は事業会社でマーケティング全般を担当している。政治、経済、文化など、さまざまなデータをデジタル化し、分析・予測することを得意とし、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌にも登場している。これまで16冊のビジネス書を刊行。最新作『データ分析力を育てる教室』は直ぐ増刷が決まった。
Twitter:@matsuken0716