成長フェーズに合わせた最適なマーケティングと、戦略設計で抑えるべきポイントとは【田部正樹氏×松本健太郎氏 対談後編】
目次
BtoBプラットフォームを展開する「ラクスル」にて、事業責任者とマーケティング責任者として事業拡大を担った【ラクスル株式会社 取締役CMO 兼 ノバセル株式会社 代表取締役社長 田部正樹氏】と、ロックオン社(現イルグルム社)で広告効果測定ツール「アドエビス(AD EBiS)」の開発に携わった【定性寄りデータサイエンティスト+マーケター 松本健太郎氏】のおふたりが対談する本企画。前編では、BtoBベンチャーがグロースしていく中で欠かせない、マーケティング戦略の視点について語っていただきました。
それをもとにした、マーケティングの実践において必要となる戦略設計のポイントとはどのようなものか。後編では、成長フェーズでの戦略や組織の変遷を知るおふたりならではの話が展開されました。
【前編はこちら】各組織フェーズ×商材に合わせたマーケティング戦略と現場の巻き込み方
黎明期はスタープレイヤーがいれば良いが、成長過程では仕組み化が必要
司会:
前編ではフェーズに合わせたマーケティング施策のポイントについてうかがいましたが、より具体的な「戦略設計のポイント」を教えてください。
松本:
「誰に何を打つのか?」というWHO・WHATと、「どう打つのか」というHOWがあるとすれば、その両方を語れる人ってなかなかいないような気がするんですが、どうでしょうか。戦略と戦術を一気通貫で設計するデザインはどのようにされているんですか?
田部:
これはなかなか難しくて、戦略が得意な人と戦術が得意な人、そして3人目として仕組み化していく人が必要だと思うんですね。多くの場合、戦略・戦術を考えるスタープレイヤーって、ゴミをめっちゃ落とします(笑)。つまり、仕組み化しないんですよ。黎明期はひとりのスタープレイヤーがいれば良いのですが、成長過程では、仕組み化していかなければ拡張性が伴いません。
だからマーケティングは少数精鋭でありながら、ひとりの人に多くを求めず、得意分野を持つ人をそろえていきます。その切り替えのタイミングを見極め、各人をどうマネジメントするかが大事です。そして、実行した上で仮説が違っていたら、すぐに変えていく必要があります。速やかに戦術を戻して戦略を変えていくことが重要で、実行ベースだけでPDCAを回してしまうのは禁物でしょうね。
松本:
そのとき、戦略しか描けない人は要らない…?絵図だけ描いても仕方ないということでしょうか。
田部:
基本的には、実行して回転させていかないと戦略の価値ってないんですよ。だから実行フェーズをマネジメントできる人が、戦略も行うべきだと思いますね。
松本:
少数精鋭から切り替えていくタイミングの大切さは、僕もロックオンのときに実感しました。ベンチャーってある種、創業者の“○○商店”と揶揄されることってあるじゃないですか。それをいかに組織に変えていくか、です。その点は上場前も大きなテーマのひとつだったのですが、仕組み化するのがすごく上手な人が入ってきて、意思決定のフローをスムーズにして組織化していったことで、戦略・戦術のPDCAが高速で回るようになりましたね。
具体と抽象の両方をマスターできている状態であれば、「解像度」が高い
田部:
経営者やメンバーがマネジメントして組織化や仕組み化を進めていくなかで、僕たちはとにかく「解像度」という言葉を大切にしているんです。顧客解像度、事業解像度といった具合に便利に使うことも多いですが、まさにインサイトをコアなサービス領域にする松本さんは、解像度はどのように取り組んで、上げていくものだと考えていますか?
松本:
僕には強烈な原体験があるんです。ある会議の最中、クライアントだった大手飲料メーカーの役員の人が、ブランドマネージャーの人に「上質なものを10個上げてみろ」って急に言い出したんですよ。つまり、同メーカーが追求する「上質さ」を表現するには、世の中のありとあらゆる上質なものについて理解した上で、それをブランドに落とし込みなさい、とマネージャーに話していたんです。
それって何かというと、具体と抽象の両方を理解することの大切さを説いた話だったんですね。具体と抽象の双方を行き来できるのは、その対象に対する理解が完全に成されているということ。つまり具体と抽象に関して両方マスターできている状態であるのが、解像度が高いということだと教えられたんです。
田部:
なるほど。両方を行き来することによって、自分たちが提供している価値が、将来どうなっていくのか、足りないところも見えていくし、商材の次のフェーズも明らかにできるんですね。…実はスーパープレイヤーは、具体にとても強いと感じる一方で抽象が苦手で、自分で再現性を作れないから組織におけるマーケティング人材の育成がうまくないことが多いんです。
松本:
やっぱり、具体と抽象の両方ができる人が必要ということですね。
田部:
その意味では、具体化する能力をもっている人が抽象化する力を身に付けるほうが難易度も高いはず。逆に、抽象化が得意な人が具体化する能力を身に付けられないのは、単にさぼってるだけです(笑)。具体の解像度が高いけれど全体を見られない人はけっこう多くて、どうやって身に付けたら良いんですか? という相談はよく聞きますね。
松本:
そんなとき、どう教えていくのですか?
田部:
ひとつは、「問いかけ」かな。たとえば簡単に言うと、3年後にこの会社や事業はどうなる? と聞いたときに、これって具体的な話ってゼロですよね。そうやって抽象的に捉えていく思考を理解してもらう。
また、世の中で起きている出来事をどう自分の事業や会社に当てはめていくのかを考え、その思考を習慣化することもひとつでしょう。マクロの視点の中で、世の中と自社の事業環境を結びつけていく。それを、つねに考えているかどうかが大事な気がします。
松本:
僕も、「抽象化能力をマネージャーとして鍛えてください」と言われるのが一番頭を抱えてしまいます(笑)。
たとえば展示会をやったときなど、ダメな事例を探してきてください、という話をすることがあるんです。そうすると、自分が成功すると思っていた仮説が実はダメな事例として取り上げられている場面に出くわすことがあるんです。そのように仮説と結果が合致しない事例に対してどう説明するか? 自分の考える成功事象だけが、本当に正しいんだろうか? そうした反証を行うことで、1個の具体例を違う角度から見られるようになり、具体から抽象への行き来が進むようになるんですね。それによって思考の幅が広がり、CACやLTVでみたときにどうなのか? までを考えてくれるようになったことからも、良いアプローチだったのかな、と思いますね。
自分が強くやりたくなったものが爆発的にフィットする例だってある
松本:
戦略設計と解像度を踏まえた上で、顧客をどう定めるかという点についてもう少しうかがうと、どのような点が大事なのでしょうか?
田部:
戦略を考えるときに、買ってくれる顧客像が想い浮かんでいるか否かは、言うまでもなくめちゃくちゃ重要なんですね。その点、ノバセルのサービスについて言えば、僕の場合は自分がターゲットなんですよ。自分が「マーケティングの責任者」でもあったので、自分がほしいモノをつくれば、ある程度間違いないという思いがありました。自分はそんなにおかしな感覚ではないと思っているんで(笑)、自分が良いと思うモノを作れば、それなりに売れるだろうな、と考えたんですよね。
また、たとえば女性向けの商材なら、自分の奥さんは買ってくれるだろう…という具体像でも良いでしょう。そして、僕や奥さんの特性をもっている人って、絶対にひとりじゃないはずです。100万人とか1000万人かもしれない。反面、姿がまったく浮かばないようなターゲットをもっていると、それは非常に危険で「戦略」と言いながらも戦略になっていない。だから、自分をN1にできるというのはけっこうやりやすくて、自らターゲットになれるビジネスをやれた、ということは大きかったです。
松本:
なるほど、強い原体験があることで自信につながりますよね。
田部さんもご自身をターゲットにしつつ、同じように思っている、困っている人の姿が、どんどん頭に浮かんでおられたと?
田部:
そうですね。つまり顧客の声ではなく、自分が強くやりたくなったものが爆発的にフィットした例ってたくさんあると思うんです。その意味では、プロダクトアウトとマーケットインでいえば、ベンチャー初期はプロダクトアウトで良い場合が少なくありません。けれども今回フェーズの話をしてきたように、時機を見極めてプロダクトアウトからマーケットインに転換しなければいけないタイミングが必ずあるということなんですよ。
松本:
自分も含めて多くのマーケターって、とかく卓上で効果を追い求めがちのような気がして…。たとえば、時速60キロの車で1時間走ると何キロメートル走ったことになるか? という問題に対して、僕は卓上の計算で「60キロメートル」と答えがちなのですが、田部さんはきっと、計算して、実際に運転した上で「60キロでした」と答えると思う。つまり、一見同じ答えでも、圧倒的に現場の自信や納得感が違うんです。
田部:
(笑) やっぱり、顧客の声だけを聴いていけば良いのかというとそうではなくて、ユーザーインタビューばかりしていても良いモノは創れませんから。自分の仮説を顧客に当てて反応を見ながら、解像度を上げるべく自ら回していくことでしょうね。それがなければ、ただの仮説に過ぎません。うまく当たらずに、「時代がついてきていない」なんて言う人もいますが、それはちょっと違いますかね(笑)
【前編】各組織フェーズ×商材に合わせたマーケティング戦略と現場の巻き込み方
BtoBベンチャーがグロースしていく中で必要となる、マーケティング戦略の視点とは何か。各組織フェーズに合わせた最適なマーケティング戦略と、戦略設計において押さえるべきポイントをテーマに、ミニマム期から成長期へと至る中で経験してきたリアルな施策について、【ラクスル株式会社 取締役CMO 兼 ノバセル株式会社 代表取締役社長 田部正樹氏】と、【定性寄りデータサイエンティスト+マーケター 松本健太郎氏】に対談いただきました。
ラクスル株式会社取締役 CMO 兼 ノバセル株式会社 代表取締役社長
田部 正樹
中央大学卒業後、丸井グループに入社。主に広報・宣伝活動などに従事。2007年テイクアンドギヴ・ニーズ入社。営業企画、事業戦略、マーケティングを担当し、事業戦略室長、マーケティング部長などを歴任。2014年8月にラクスルに入社。マーケティング部長を経て、2016年10月から現職に就任。ラクスルの成長を約50億かけて事業成長を実現してきたマーケティングノウハウを詰め込んだ新規事業「ノバセル」を2018年に立ち上げ急成長を牽引。2021年12月ノバセル株式会社の代表取締役社長に就任。
Twitter:@tabemasaki1
定性寄りデータサイエンティスト+マーケター
松本 健太郎
龍谷大学法学部卒業後、デジタルマーケティングの現場でデータサイエンスの重要性を痛感し、多摩大学大学院で学び直し。その後、消費者インサイト等の業務に携わり、現在は事業会社でマーケティング全般を担当している。政治、経済、文化など、さまざまなデータをデジタル化し、分析・予測することを得意とし、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌にも登場している。これまで16冊のビジネス書を刊行。最新作『データ分析力を育てる教室』は直ぐ増刷が決まった。
Twitter:@matsuken0716